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8.31.2014

第13回ゼミ

2014/7/8のゼミは、課外活動+ムーティ先生をお招きしての授業という怒涛の土曜日……を超えての、いつもの水曜日。通常通り『批評理論入門』の第2部、6章「フェミニズム批評」と7章「ジェンダー批評」について学びました。
情コミはジェンダーについての授業も多いので、気になる内容です。

 以下、レジュメ(一部改変)です。



<6.フェミニズム批評>

フェミニズム批評とは
1970年代以降、性差別を暴く批評として登場。その立場や目的によって批評方法は多岐に渡る。例えば…
・男性作家の作品から、男性による女性の抑圧がいかに反映されているかを読み取る。
・女性の書いた作品を研究対象とする→ガイノクリティックス
・ラカンの理論(エディプス・コンプレックスなど)では軽視されている女性と言語の関係を研究する。特に1970-80年代フランスでは女性作家の作品がいかに女性特有の言語で書かれているかについて検討が進められた。

☆用語
ガイノクリティック(gynocritics)
イメージ、テーマ、プロット、ジャンルに、そしてまた個々の作者や女性の間での影響のパターンに焦点を合わせ、女性の書いたものに特有のものが何なのかを割り出し「女性文学の分析のための女性的枠組み」を作り上げようとする試み。
 -現代文学・文化批評用語辞典参照


☆章の要点 - 『フランケンシュタイン』に関連して

女性として書くということ
・『フランケンシュタイン』は匿名で出版された。
→個人的な事情(パーシーとの駆け落ち、両親が有名な文学者であったこと、両親の急進的な著作が世間から非難されたこと)の他に、作者が女性であるということもその理由の一つ。
女性は読み書き能力が劣るとされ、ペンで自己表現することは男性の領分とされていた時代なので、作品の軽視や批判に繋がる可能性があった。

・メアリと夫パーシーの関係
パーシーは、妻の作品に「前書き」を添えている。また最終的な印刷ゲラの校正は彼が行い、その際に原稿に書き換えを加えている。
→こうした優劣関係は男女の立場の相違、夫が妻に無限の優越権を持つという当時のイデオロギーが現れているといえる。

作中の女性たち
作中の女性は、直接語り手となることはない。また、故郷を離れ冒険の旅に出たり学業に従事したりせず、ほとんど家から離れない。またどの女性も似ており、代替可能な存在であるようにも見える。
→男は外の公的世界で、女は家庭の私的世界で生きるべきという考えがそのまま反映されている。
→しかし、フランケンシュタインは理想的な女性を持ちつつ破滅した。19世紀の中産階級の、社会的な問題を私的領域で解決させようというイデオロギーの欺瞞を暴露しているともいえる。
また、男によって産み落とされ、嫌悪され、居場所を追われる「怪物」は女性に重ね合わせられるとの指摘もある。

 出産
 『フランケンシュタイン』創作前、メアリは未熟児を産むが赤ん坊は亡くなる。出版後すぐ、クララを出産するが、その後長男と共に立て続けに2人亡くしてしまう。
 創作中にも身近な人々の死。
→出産と死が入り交じる不安と恐怖の中での創作
メアリにとって出産が恐怖と罪悪感を伴うおぞましいトラウマと化していても不思議ではない。そのおぞましさを怪物誕生のドラマとして具現化したのかもしれない。


※※※


『フランケンシュタイン』が書かれた当時、女性がものを書いて出版するということは男性である場合と大きく異なり、様々な制約があるのだと分かりました。女性に対する抑圧、一方的な理想は小説からも読み取ることができます。それは、フェミニズム研究、活動家たちのおかげで明らかにされてきたのです。
今は

※※※


<7.ジェンダー批評>

ジェンダー批評 gender criticism
男女は本質的に違うものとするフェミニズム批評とは違い、性別とは社会や文化によって形成された差異・役割であるとみる。また同性愛者など、従来周縁に追いやられていた存在も対象となる。
→ゲイ批評 gay criticism
 レズビアン批評 lesbian criticism
 クイア理論 queer theory:両性愛者や性転換者なども批評の対象に含める

辞書から…
ジェンダー研究(gender studies)
1980年代以降顕著になっている研究分野。ジェンダー研究は、個人のジェンダーが解剖学的性別から自然あるいは不可避的に湧き出るものではないという前提から出発し、男女を問わず自己のジェンダーについての認識が文学や社会の中でどのように形成されるのかを分析する。
 -現代文学・文化批評用語辞典参照

☆章の要点 - 『フランケンシュタイン』に関連して
ゲイ批評
・ウォルトンとフランケンシュタイン
→ウォルトンは何よりも欲しいのは友人だと述べ、フランケンシュタインと出会った後はたちまちこの新しい友人に夢中になる。
・フランケンシュタインとクラヴァル
○熱病に倒れた友を看護するクラヴァル。
→フランケンシュタインは「最愛の」という言葉を使い感謝する。
○帰郷が決まる前には、二週間のインゴルシュタット周辺の徒歩旅行をするが、帰郷を急がず旅行に出るのは違和感が残る。
○イギリスへの半年間の旅行。
 怪物が、女の怪物を殺された復讐にクラヴァルとエリザベスを殺すというのも示唆的である。(自分の伴侶を殺された復讐としてフランケンシュタインの同性の伴侶と異性の伴侶を殺した)

レズビアン批評
・召し使いジャスティーヌ
ウイリアム殺しの裁判で濡れ衣を着せられた彼女とエリザベスの会話には、同性愛的な情念が含まれているのではないか。
当時、女性同士の親密な関係は、特に階級や人種など社会的に異なる立場の女性同士の場合、不純で淫らなものとして嫌悪されていた。
→メアリの母ウルストンクラフトは親しい友人と同性愛的な関係にあったと推測されており、パーシー夫妻は当時のレズビアン恐怖症について敏感になっていた可能性がある。

※※※

ここではジェンダー研究として、ゲイ・レズビアン批評が紹介されていました。同性愛は、今は二次創作などの分野では盛り上がっていますが…現実はどうでしょうか?小説内では、はっきり描かれる異性愛の他にも同性愛を読み取ることも出来るのだとわかりました。
それからジェンダーということについては、構築主義的な考え方ではジェンダーは社会的に作られたもの、と考えます。「女らしさ」というものがあるとしても、それは最初から持って生まれたことではなく、社会的な規範から作られたものなのです。

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