今回は引き続き『批評理論入門』の第2部を取り扱い、4章「脱構築批評」と5章「精神分析批評」について学びました。
以下、レジュメとなっております。
4.脱構築批評
☆キーワード
◎脱構築批評:テクストとは不一致や矛盾を含んだものだということを明らかにするための批評。(従来の解釈を否定して別の正しい解釈を示すのではない。)二項対立的要素に着目し、その階層の転覆や解体を試みるという方法がしばしばとられる。deconstruction(脱構築)はジャック・デリダ(後述)の造語。
☆人物紹介
クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)
フランスの社会人類学者、民族学者。構造主義の祖。『悲しき熱帯』『構造人類学』
等。
ジャック・デリダ(1930-2004)
フランスの哲学者。『グラマトロジーについて』『エクリチュールと差異』等。
☆用語(参考文献『現代文学・文化批評用語辞典』)
構造主義:1950年代と1960年代にフランスで最初に重要性を認められた知的運動。フェルディナン・ド・ソシュールの、言語が類似性ないしは近似性により差異の体系に基づいているという理論を基礎にしている。
形式主義:広義においては、題材を棚上げにして、取り上げたテクストやオブジェの芸術的技法に焦点を置く批評実践のこと。内容と分離して作品のフォルムを強調するタイプの批評において、しばしば軽蔑的に使われた。
ポスト構造主義:構造主義の反動、修正として生じた様々な批評的実践や理論的綱領を指す。1970年代中頃からあらゆる形態で精神、文学、言語の正統的慣習に対してラディカルな批判を行った。
ニュー・クリティシズム:1930年代から1960年代にかけて起こったアメリカの文化批評運動。文学作品を「客観的に」扱うことに関心を持ち、作品を自己充足的かつ自律的でそれ自体のために存在するものと捉えた。
☆章の要点
<二項対立の解体>
生と死
・フランケンシュタインが生命の根源を探り、その秘密を解明する。(人造人間制作に取り掛かるフランケンシュタインの発言の中には、二項対立的要素が数多く描かれ、のちにそれらの境界は崩壊していく)
創造主と被造物(神とアダム)・父と子
・フランケンシュタインは、自分が生み出したいわゆる子である怪物から親としての義務を諭される。
・怪物が創造主であるフランケンシュタインに「おれはおまえの主人だ」という発言をする。
善と悪
・フランケンシュタインは人類の利益に寄与したいという善意から生命創造を行ったが、殺人者を世に放つ。
潔白と有罪・真実と虚偽・救済と呵責
・潔白のジャスティーヌは、罪人の魂を救済する役割を持つ司祭にしつこく脅されることで、嘘の自白をする。
光と闇
・ウォルトンは「永遠の光の国」を求めて北極へ向かうが、夢を果たせず、結末では怪物が姿を消した氷海の闇を見つめる。
・ウィリアムの死後の帰郷の道中で、モン・ブランの輝く峰々を見て感動する。等
⇒『フランケンシュタイン』は、二項対立的要素がふんだんに盛り込まれた西洋的作品であるにもかかわらず、そのほとんどの境界が消滅していく様を描いており、その意味では西洋的イデオロギーを脱構築した作品とも読める。
<決定不可能性>
・怪物を“フランケンシュタインの自我の一部”と見る解釈と“他者”と見る解釈の対立。
・フランス革命をめぐる政治的立場(急進派と保守派)の対立。
⇒両者の読み方の衝突を解決するのではなく、対立を深めることによって、ただひとつの「中心的意味」の存在を否定していると言える。
5.精神分析批評
☆キーワード(同参考文献より一部抜粋)
精神分析批評:ジークムント・フロイトによって始められた、文学現象を精神分析的に解釈する批評。現代批評の中で重要かつ多面的な地位を占めている。
☆人物紹介
ジークムント・フロイト(1856-1939)
オーストリアの精神分析学者、精神科医。『精神分析入門』『エディプス・コンプレックスの崩壊』等。
カール・グスタフ・ユング(1875-1961)
スイスの精神科医、心理学者。『人間と象徴』『ユング自伝』等。
J・G・フレイザー(1854-1941)
スコットランド出身の社会人類学者。『旧約聖書のフォークロア』『洪水伝説』
等。
ジャック・ラカン(1901-1981)
フランスの哲学者、精神科医、精神分析家。『エクリ』『ディスクール』等。
☆用語
今回の用語は章の要点の中でそれぞれ説明するものとする。
☆章の要点
<フロイト的解釈>
抑圧された考えや本能、欲望など個人の無意識の中にとどめられているもの(フロイトは幼児期の性的欲望や、それにまつわる恐怖を重視)が、分析対象に現れるとする解釈。作品や登場人物よりもむしろ作者自身に関心が向けられる場合や、作者の創作過程が分析対象とされる場合がある。
・エゴ:自我の中の意識的な部分。合理的・論理的な思考を司る。
・イド:無意識の領域。
・スーパーエゴ:エゴの投影部分として道徳的判断を行う。
・エディプス・コンプレックス:父に取って代わり母の愛を独占したいという男児の欲望。
・(神経症患者の)ファミリー・ロマンス:子供時代、親からじゅうぶんな愛情を与えられなかったために自立に失敗した者が創り出す特有の想像の世界のこと。
・影響の不安:詩人(文学者)を親に持つ詩人(文学者)の、自分の親の力に怯えることで生まれる創作上の不安。
・創造的誤読:親の作品を模倣しつつも、それを歪めて読むこと。
○モートン・カプラン
ウィリアムが身に着けていた母のミニチュアに怪物は魅せられ、その後ジャスティーヌを逆恨みし、ウィリアム殺害の罪をなすりつける場面。
=誘惑的な母に対するフランケンシュタインの不合理な怒りを怪物が行動で表現した。
→怪物はエディプス・コンプレックスを持つフランケンシュタインのエゴによって抑圧されたイド。
○エリザベス・ブロンフェン
メアリの父ゴドウィンの小説の主人公とフランケンシュタインは共に道を踏み外しているが、後者は徹底的に救いのない人物とされている。また、母ウルストンクラフトの小説を参考に怪物の物語を構成したにもかかわらず、母の小説と異なり、怪物は常に拒絶される。
=両親の作品をより厳しい物語へと書き換えている。
→『フランケンシュタイン』は両親に対する影響の不安や願望から自らを解放するために書かねばならなかったファミリー・ロマンス。
○メアリは自分の作品を「醜いわが子」と呼んだ。
+メアリもフランケンシュタインも雨降りの日に家に閉じこもり本を読むことが創造のきっかけとなっている。
+両者とも材料収集をしたところでインスピレーションがひらめき、作品のテーマ・生命の秘密を発見。 など
=作者と主人公の創造行為は、抑圧された無意識が形をとって現われたものであることを暗示している点で共通している。
→『フランケンシュタイン』は「『フランケンシュタイン』という作品を書く経験についての物語」(バーバラ・ジョンソン)
<ユング的解釈>
文明によって抑圧された人類全体の欲望が、分析対象に現れるとする解釈。
・集団的無意識:人間の無意識に生まれながらにして保有されている、民族や人類全体の記憶。
・原型:集団的無意識によって受け継がれてきた、原初の心象や状況、テーマなど。ユングは、これらは夢や神話、文学などのなかに繰り返し現れるものと考えた。原型のなかでも陰、ペルソナ、アニマ、アニムスなどは、人間が遺伝によって継承した精神の構成要素として位置づけられる。
影:人間の無意識の暗い部分。自身が抑圧したいと思う人格の劣った側面。
ペルソナ:社会的人格(人間が社会に対して演じて見せる仮面)。時として真の自我とはまったく異なった様相を帯びる。
アニマ/アニムス:精神を躍動させるエネルギー源で、魂ともいうべきもの。アニマは男性の心理に潜む女性的精神で、アニムスは女性の心理に潜む男性的精神を指す。
○フランケンシュタインは不和も争いもない活力に欠けた清らかな家庭で育つ。
→精神性や頭脳に偏った人間になり、理想的な家庭に育った良家のよき総領息子というペルソナが構築。
→衝動で造り上げた怪物は、フランケンシュタインの抑制された本能や汚れを押し込んだ影となる。
→フランケンシュタインに放置された(彼は影を自己の一部として人格統合できなかった)影の怪物は、彼を抑圧する者たち(清らかで純粋な家族や友人)を殺害。
→フランケンシュタインは、自己のアニマたるエリザベスとの婚姻で人格統合を達成するはずが、プラトニックな情愛しか抱くことができない。
→影(怪物)による障害排除(エリザベス殺害)。
→アニマを失ったフランケンシュタインは影との対決を決断。
→怪物の追跡中に人格統合の破綻を示す。
→ペルソナの消滅(フランケンシュタインの死)とともに影(怪物)も消えてゆく。
<神話批評(原型批評)>
個人や歴史を超えた人間経験の原型を、文学作品のなかに探し当て分析する批評。
○英雄物語の原型との比較において、フランケンシュタインは怪物に敗北することで英雄になれず、むしろ怪物が自ら命を絶つことで災厄が食い止められる。
+「現代のプロメテウス」という副題。
→『フランケンシュタイン』は英雄の原型のパロディ化。
<ラカン的解釈>
フロイトの理論を発展させ、「言語」という新たな要素を付け加え、それを焦点においた解釈。
・前エディプス・コンプレックス段階:母との境界が識別されていない時期。この時幼児は言語という伝達手段を持たない。
・鏡像段階:言語以前の段階。この時幼児は、鏡に映った自分の姿が見分けられるようになり、それによって自我の統一的イメージを持ち、これと同一化して自己形成をしようとする一方で、イメージと自分自身との間の埋めがたいギャップを感じ、疎外感を経験する。また、母親と自分、その他の人々が別々の存在であることを認識するようになる。
・エディプス・コンプレックス段階:幼児は男女の区別が可能になり、また言語の世界に入っていく時期。男児は母が異性であることを認識し、父にライバル意識を抱く。男児は自分だけの母を失った疎外感を、代用としての言語(記号体系)によって埋める。よってラカンは、エディプス・コンプレックスを経験した男児は女児より速やかに言語の世界に入ると考えた。
○デイヴィッド・コリングズ
フランケンシュタインは言語学や政治学(記号体系に組み込まれる学問)ではなく錬金術に興味を持つ。
+母の死後、喪失感を解決できなかった彼は母との一体化の方法を学問研究に求め、出産の実験に取り組む。
+母に似ているエリザベスを代用とすることもできず結婚を回避し続ける。
+フランケンシュタインが怪物を作った直後に見た夢。(エリザベス、母、怪物が、フランケンシュタインにとって密接につながっていると暗示。)
+月光に照らされた窓(=鏡)に、怪物(=フランケンシュタインの鏡像)が映る。
=母の肉体の回復を追求し続けたフランケンシュタインは、成長過程を逆行するが、鏡像段階においても自我の統一に失敗し、再び根源的喪失を経験するというジレンマに陥る。
→『フランケンシュタイン』は、エディプス・コンプレックスを順調に乗り越えられなかった男の物語。
○すでに人間の姿を見ていた怪物は自分の姿を見たとき、自分のイメージと自分とを同一化できない。
+記号体系の世界(社会や言語獲得)に入ることを望み、そこからの排斥に苦悩する。
→自我の統一の問題を、フランケンシュタインと逆方向の道筋を辿りながら、怪物も追求している。
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精神分析批評は、心理学やその学問が研究された背景を知っていると理解しやすいと思いました。特にエディプス・コンプレックスについては、フロイトが、『オイディプス』という神話(自分の母親と知らずにその母親と結婚してしまった息子オイディプスの話)を、「男児と母親は結婚してはいけないという教訓を示している」と解釈し、「母親とはいつか決別しなければならないという規範が神話にて作られた」と捉えたことを知らないと、この用語の意味を容認しがたいと思います。というより、私はこの知識を持ち合わせていなかったため、エディプス・コンプレックスという用語が存在すること自体に違和感を感じていました。
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脱構築批評を用いた『フランケンシュタイン』の解釈は、ゼミ生全員、大方納得をすることができていたのですが、精神分析批評に関しては、少々こじつけなのではないかと疑ってしまう解釈があるという意見が多かったです。批評に対する向き不向き(好み?)や、所有していた知識の種類によって、この違いがあらわれたのかなと感じました。今回は議論というより批評理解のための知識を入れ込むことが大変でした。次回も頑張るぞ!
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