6月18日(木) 第8回ゼミ
日高華英
Ⅱ批評理論篇
◎批評史概略 (『フランケンシュタイン』をめぐる)
1970年以前 批評の焦点は作者メアリー・シェリー
内容に関しては、主に道徳的テーマをめぐる問題
1970年代以降 学術的アプローチが盛んになり始める
キャノンの見直しと拡大の方向へ
(女性、同性愛者、有色人種、労働者階級を軽視しない!)
『フランケンシュタイン』も文学伝統のなかに組み入れようという試み
1990年以降 大衆文化を学術的研究対象とする文化批評の立場からも注目される
文学伝統と大衆文化の二つの流れのなかに位置づけられ、多様な観点から 議論の対象に。
1.伝統的批評
①道徳的批評 (テーマや主題は小説の中だけに留まるものではなく、読者に影響し、読者 の考え方や行動に変化をもたらしうる)
ここで言う、道徳=人の踏み行うべき道、規範
○「『フランケンシュタイン』について」(パーシー・シェリー,1817)
…作者を知らないという前提で述べられている。
また、これから待ち受けている批判に備えて、弁護しているような側面もある。
≪重要な指摘≫
(1) 「手堅い筆致によって書かれ、読者の興味を掻き立てつつ、出来事を積み重ねて終局へと導いてゆく技法が見事である」と評価
ex. 怪物とド・ラセー老人の場面が感動的。 (…印象主義的な論調)
(2) 人造人間がなぜ怪物になったのかという責任の問題を提起している。
パーシー:怪物の犯罪や敵意は、悪い性癖からではなく、いわば「必然性と人間 性」から生じたもの
:「ひどい扱いをすると、人は邪悪になる」というのが、この作品の
教訓
=愛情に対して軽蔑で報いたり、社会的存在である生き物を社会から隔 ててクズ扱いしたりすると、もとはどんなに良いものでも、悪意に満ち たものへと豹変してしまう
(…道徳的批評)
(3) 「フランケンシュタイン」が読者に対して与える影響についての問題
パーシーは、読者を3種類に分ける
A:恋愛小説にしか反応しない低級な読者
B:恋愛以外の感情にも共鳴できる読者
C:頭で考えることによって真の(感情の結果としての行動にも)共感を得ることのできる高度な読者
⇒B・Cは感動できる
パーシー:『フランケンシュタイン』は、高度な読者によってのみ理解しうる
○(3)の批評から、道徳的批評へとつながっていく
⇒つまり、、、多くの読者にとっては、理解しがたい危険な作品ということを暗示し
ている
=同時代の多くの批評家たちは、道徳的に悪影響をもたらす作品だ、と批判
(この二つの流れがなかなか理解しづらい)
ex.・ジョン・クローカー(1818)
:まるで狂気の作者によって書かれたような「恐ろしい吐き気を催させるようなばかげたものを織り交ぜた」作品で、「行いや作法、道徳について学ぶべきものはまったくなく」、よほど悪趣味な読者でなければ、読んでもいたずらに心が疲れ苦しくなるだけだ
・匿名(『エジンバラ・マガジン』,1818)
:『フランケンシュタイン』の思想や表現には「力強さと美しさ」が見出されるものの、作者の未熟さを示した完成度の低い作品で、ことに、たんなる人間を「創造者」(creator)と呼ぶような不適切な表現は、信仰厚い読者に衝撃を与える
・ヒュー・レジナルド・ホーイス(1886)
:この小説に対して、「いささかのためらい」を感じる(作品の道徳性に関する不安が絡む)
「この恐怖の物語は、いかなる詩的な正しさによっても救われることはないし、道徳的な兆しのようなものは、かりにあったとしても、ぼんやりしていて曖昧だ」
○しかしのちに、、、 (肯定的な考えが現れるのに長い年月が経っている)
『フランケンシュタイン』は道徳的目的に基づいて書かれた作品だ、という主張も現 れるように。
ex.・M.A.ゴールドベルク(1959)
:(恐怖への快感に倫理的意味が含まれるとする十八世紀の美学原理に照らして)『フランケンシュタイン』が掻き立てる恐怖は、まさに道徳的教訓を与えるために不可欠の要素なのだ
・モーリーン・マクレイン
:この小説は人間になり損ねるということについて描いたもので、間違った教育の譬え話である
⇒『フランケンシュタイン』を道徳的・教育的観点から論じようとする試みは、現代に至るまで続いている
②伝記的批評
:作品を主として、作者の人生の反映と見る伝記的なアプローチの仕方
(1) ヴィクターのモデルは、作者の夫パーシー・シェリーだ!説
○ウォルトン:「狂気とさえ言えるような熱狂的な表情を帯びた目」をした「神々しいさすらい人」
→「きちがいシェリー(パーシー)」
:「彼ほど自然の美しさに深く感じ入ることのできる者はいない。星空や海や、このすばらしい場所で見られる景色のひとつひとつが、いまも彼の魂を地上から舞い上がらせる力を持っているようだ」
→パーシーの詩人としての一側面を示している
○パーシーとヴィクターの共通点
・世界をよりよいものにしようとするロマンチックな理想主義
・人間の創造力へのかぎりない信念
・科学への熱狂 (錬金術師的、電気)
(2) ヴィクターのモデルは、パーシーが大きな影響を受けたエラズマス・ダーウィンだ!
説
*エラズマス・ダーウィン(1731-1802)
…『進化論』のチャールズ・ダーウィンの祖父。代表作『ゾーノミア』『自然の殿
堂』
○メアリは、バイロンとパーシーがエラズマス・ダーウィンの実験の話をしているのを聞いたあと、「フランケンシュタイン」の着想を得た
○エラズマス:当時の指導的な医師で詩人、無神論者、急進的な自由思想家、科学へ の関心
→パーシーとの共通点が多い
○エラズマスは代表作の中で、人間が生命を創造する可能性をにおわせている
*伝記的批評には
・モデルが誰か。
・作品が作者の人生における特定の出来事や挿話を反映しているか
→ここに、本とか小説家との出会いとかも入るのでは?
(『フランケンシュタイン』における生命の誕生というモチーフは、自身の出産経験か ら。)
*文学批評としての伝記的批評…
・伝記的批評といっても、たんに個人的なものへと還元するのとは違う。
・リチャード・オールティック
「たいていの文学作品には、多くの外的状況が付随するので、それを露わにして探究すれば、そこから作品の重層的な意味が豊かに現れてくる」
→批評の意義は、文学作品の解釈を豊かなものにするということ。
2.ジャンル批評
・重層的なジャンルの要素が見えてくる (例えば、A・B・C・D)
・Dに見えるものの中に、Aが!みたいな
*文学作品をいろいろなカテゴリーに分類する考え方は、アリストテレスの『詩学』に遡る
文学用語としての「ジャンル」は19C末頃~
・形式上のカテゴリーに基づくジャンル
…作品を詩・劇・小説のいずれかに分類。詩をソネットかバラードに区別したり。
・テーマや背景など内容上のカテゴリーに基づくジャンル
…「パストラル」:田園を背景としている
ex. スペンサーの詩『羊飼いのカレンダー、ミルトンの詩『リシダス』、
ベン・ジョンソンの劇『悲しき羊飼い』
「ノンセンス」文学:滑稽な言語使用や意図的な言語遊戯を含んでいる
ex. エドワード・リアの五行戯詩『ノンセンスの本』、
ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』、
サミュエル・ベケットの劇と小説など
*ジャンル批評:ジャンルに関わる諸問題を扱う批評
<歴史> 1950年代 R・S・クレイン等のシカゴ学派(新アリストテレス派)が、アリストテレスの方法を復活させるうえで、中心的役割を果たした。
1957 『批評の解剖』(カナダの原型批評家 ノースロップ・フライ)
:批評に科学的な方法を導入し、原型や下位区分のジャンルによって文学作品の分類を試みた。
:文学作品は、四季に関連する四つの原型的物語のグループに分類される
(喜劇=春、ロマンス=夏、悲劇=秋、諷刺=冬のいづれか)
⇔フランスの構造主義批評の先駆者ツヴェタン・トドロフ
:フライの分類法が恣意的なものである、と批判し、「原型」という考え方を否定
1970 『幻想文学』(トドロフ)
:ジャンルとは、つねに他のジャンルとの差異によって定義されるものである
→いまでもジャンル理論の古典 →構造主義的な考え。
ジャンルの分類は恣意的
*ジャンルが先にあるのではなくて、AはBと違うからA。という具合。
◎『フランケンシュタイン』に見られるジャンル
①ロマン主義文学
*ロマン主義:啓蒙主義への反動として現れ、自我や個人の経験、無限なるものや超自然的なものを重視する思潮。
(啓蒙主義:理性によって人生を決めていかなければならない。
⇔だけど、理性では統制できないものが出てくる=ロマン主義)
・初期ロマン主義…ワーズワース、コールリッジ、バーンズ、ブレイクなどの詩人
ウォルポール、ルイスなどの小説家
→不可欠な概念として、恐怖、情念、崇高さ
・後期ロマン主義…バイロン、パーシー、キーツなどの詩人
ラム、ハズリット、ド・クインシーなどの散文作家
ウォルター、スコットなどの歴史小説家
→荒涼とした自然の原始的な力や人間と自然の精神的交流に対し て鋭い直観を示し、旅、幼年時代の回想、報われない愛、追放 された主人公など
、、、『フランケンシュタイン』において
・引用:コールリッジの「老水夫行」(p7,p109)、ワーズワースの「ティンターン寺院」(p279)の詩行
・崇高な山々や神秘的な湖などの自然描写
・ワーズワース的な自然への愛が描かれた箇所が多い
・題材・テーマそのものが、恐怖・無限なるもの・超自然的なものと密接にかかわる
・登場人物たちが、激しい情念を抑制のない表現で吐露する
・旅(クラーヴァルとの旅、新婚旅行)・幼年時代の回想・愛の挫折・追放などもモチーフ
・怪物が読む『若きウェルテルの悩み』はドイツの代表的なロマン主義文学
②ゴシック小説 (ロマン主義文学に含まれる)
:中世の異国的な(近代に対する反動だから)城や館を舞台として、超自然的な現象や陰惨な出来事が展開する恐怖小説。18C後半~19C初頭に流行。
◎メアリーが影響を受けたであろうゴシック小説…父ゴドウィンの『ケイレブ・ウィリアムズ』
ラドクリフ夫人の『イタリア人』『ユードルフォの秘密』
ルイスの『修道士』
ウィリアム・ベックフォードの『ヴァセック』
マチューリンの小説
、、、『フランケンシュタイン』において
・恐怖が主題
・不気味な描写・陰惨な出来事
・主人公が中世の錬金術に魅せられること
・スイスやドイツなどの「異国」が舞台の中心になっている
・フランケンシュタインと怪物の運命が次第に絡まり合い同一化してくる
→「分身」の主題が浮かび上がってくる
(ゴシック小説にしばしば現れるモチーフ)
・死ぬまで互いに追いかけ合う運命から逃れられない敵対者同志の物語
→ゴシック小説の主要テーマ「逃れようのない不安」
・内容のおぞましさ、毒々しさは十分 (p372)
→ゴシック小説の目的「とどまることのない恐怖によって、読者の血を凍らせること」
☆しかし!当時ゴシック小説の権威であったベックフォードは嫌悪感!
、、、『フランケンシュタイン』に足りないゴシック小説要素
・真実味に欠けた内容を仰々しい表現で描くこと (⇔リアリスティックな描写)
・18Cのヨーロッパにおける自然崇拝の思想を反映し、超自然的要素が侵されない
(⇔主人公が科学によって自然の神秘に乱入する)
③リアリズム小説
*リアリズム:人生を客観的に描写し、物事をあるがままの真の姿で捉えようとする芸 術上の信条。
ロマン主義の行き過ぎに対する反動として、19C~20C初頭にかけて盛ん に。
非現実的な描写や美化を避け、人生における日常的・即物的側面を写実 的に描く。
、、、『フランケンシュタイン』におけるリアリズム小説
(出来事に蓋然性を与えようとする作者の態度が見られる)
・怪物が険しい山を楽々と登ったり超人的な速度で歩いたりすること →怪物の構造上 ありうる
・怪物が言葉を話せるようになる →きちんと段階を追って学習している
・人造人間を造るという非現実的出来事 →魔術や奇術によってではなく、科学的発見 によって実現
・フランケンシュタインの破滅 →彼自身の性質や人間社会を拒絶した結果
(レヴィン:『フランケンシュタイン』は、知識の獲得を求めて破滅する人間を描いた いわゆるファウスト伝説を小説化し、神秘や奇跡の世界からふつうの世界 へと移し換えた最初の小説)
→社会から押しつけられた因習的制限を踏み越えようとして罰せられる人物を描いて いる
・フランケンシュタインと家族の関係 →人間を個としてのみならず人間関係において 描く
④サイエンス・フィクション
:SF.。空想上の科学技術の発達に基づく物語
起源は、、、・20C初頭ころ 定義が確立。J・ヴェルヌ(仏)やH・G・ウェルズ(英)などが創始者
・B.C.2000年ころ 『ギルガメシュ叙事詩』(古代シュメール人)
作品例) トマス・モアの『ユートピア』、ミルトンの『失楽園』、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』
○SF批評家ピーター・ニコルズ:SFには「認知的・科学的なものの見方」が不可欠
→『フランケンシュタイン』はしばしば最初の本格的なSFとして位置づけられる
、、、『フランケンシュタイン』におけるSF
・科学者によって新しい生物が製造されるという発想
・結末の舞台が地上においてもっとも異質な環境である北極 →SF的な非日常性
・科学によって創造されたものが、予期せぬ結果を導く →SFのお決まりの筋書き
→SFの「進歩と破局は不可分である」という考え方は、『フランケンシュタイン』から始まった
◎その時代における「道徳」とは?『フランケンシュタイン』のどこが不道徳だったのか?
・生命の創造(キリスト教的に)
・グロテスク、悪趣味なことを平然としてしまう主人公
→現在ではわりとよくあることであるから、批判はないけど、当時にしてみれば、恐 ろしいこと
*時代・国に関わらず普遍的な道徳がある
*時代や地域によって異なる道徳もまたある